“2”

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さかのぼる事15年と少し、私はとある構造設計事務所に入所した。
2DKのマンションを間借りした3人の小さな設計事務所だ。学校を卒業したばかりで右も左もわからないまま初出勤の日を迎えることとなる。
私に与えられたのは6畳間に並べられた机の内の1つと電卓と平行定規であった。
普通のマンションの一室で働いてゆくことに若干の驚きがあったが、そんなものかとも思
った。
その朝命じられたのは不要な青焼き図面をA4サイズに切断し、裏側に縦線を10ミリ間
隔、横線を8ミリ・2ミリ・8ミリ・2ミリと用紙一杯の長さで繰り返すことである。
格子状に線分を描き終わると、用紙下半分の格子の1つ1つに / / / / / / / / / / と75°の線分を記入して行く。
これで準備完了、そこに0~9とA~Zを書き込んで行く。そう、文字の練習である。
0123456789 0123456789
0123456789 0123456789


ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ


abcdefghijklmnopqrstuvwxyz
abcdefghijklmnopqrstuvwxyz


0123456789 0123456789
0123456789 0123456789


ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ


abcdefghijklmnopqrstuvwxyz
abcdefghijklmnopqrstuvwxyz


出勤すると、用紙の切断から始まり線分を描き数字とアルファベットを書き込んで行く。
用紙を作り溜めすることは禁じられており、毎朝毎朝同じ事を繰り返すこととなる。
所長がOKを出すまで続けろと言われ気が遠くなった。
しかし、一見つまらない事でも意味があるようで、続けていくうちに様々な事が上達し、様々なことに気がつくようになって行く。
最初に気がついたことは、うまく書けない数字が存在するということである。何度書いても納得のいく数字が書けない。
私にとってその数字とは“2”だ。
“2”は、鉛筆を紙に置き、右にカーブして行き、カーブが終わって左下へ下ろし、右へ直線を引く。この動作で書いて行くと思うが、毎朝毎朝書いても納得が行かない。 今朝はカーブの部分に気をつけよう、今朝は鉛筆のスピードを変えてみようと試行錯誤を繰り返していた。
そんなある日、いつものように「2」を書いていると、「なんかこれいい!」と言う感覚
を得ることができた。しっくり来るのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最初のころは右カーブを書き、そのまま緩い右カーブが続き、直線へ連続していた。
screenshot_01.png
この状態では何度書いても納得することができず、ただ闇雲に繰り返し“2”を書いてい
ただけだった。
次の段階では右カーブが終わったあと、不自然なくらいに逆のカーブを描くことを思い
ついた。
これは活字の字体などで見受けられたため、試してみようと思ったのである。
screenshot_02.png
このころになると工夫が必要なことに気付き、右カーブ部分や書くスピードなどを調整し毎日違う“2”を書くようになっていた。その結果、右カーブ後に逆のカーブを描くことを思いつき、しっくりくる“2”を見出すことにつながって行く。
最終的には右カーブがおわったあと、鉛筆を一旦止め、一気に左下へ直線を引き下ろすことにした。 その際、心持ち逆カーブを意識するときれいな直線を引き下ろすことができる。
screenshot_03.png
既出の逆カーブの“2”で会心の“2”が書けたときはもうこれが最終形だと確信を持ったものだったが、どうしても書くスピードが上がらない。
右カーブから逆カーブへの切り返し部分と、逆カーブを意識しすぎることがスピードの上がらない要因らしい。
そこで、いっそのこと切り返し部分で鉛筆を止めてしまおうと思いついたのである。 その結果、カーブとカーブの連続性を断ち切ることで、切り返し部分を無くすことに成功した。
さらに、鉛筆を止めたことによるスピード低下及び、逆カーブによるスピード低下を防ぐため、一気に左下へ直線を引き下ろすことにした。繰り返すが心持ち逆カーブを意識することが重要である。
この方法は非常に優れていた。一定以上のスピードを保ちながら、しっくり来る“2”を量産できるのである。
“2”を書くのが楽しくなり、字の練習が苦ではなくなった。このことは喜びであった。苦手を1つ克服したのであるから、喜びは相当である。
しかし、それ以上に“2”にこだわり続けてよかった。
入社して初めて何かをやり遂げたのだから。私の始めての実績は“2”だ。
東京設計室長 木下光司

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