木下 光司−KOJI KINOSHITA−
「良くしたい」の木下
改善したい。役に立ちたい。
それで自分の仕事が増えても構わない。
木下 光司(41歳)。東京都東久留米市出身。
二人兄弟の次男。父親は地方公務員。
中学校の技術家庭の授業で、建築好きの先生に出会い、建築に強い興味を持つ。
その後、建築の専門学校で構造計算と出会い、計算や構想次第で巨大な建造物を制御できる構造設計に関心を持つ。
卒業後は地元、東久留米市の、社員3人の構造設計事務所に就職。
しかし、「仕事はキツイ、分からない、できない(だからつまらない)」の悪循環にハマり、4年で退職。
もう構造設計はやりたくないと、しばらく家で鬱々としていたが、構造設計の求人情報を見るとつい熟読してしまう自分に気づき、「あの会社は嫌だった。でも構造設計の仕事は好きだ」と気づく。
その後、別の構造設計事務所に再就職し、今度は、「教えてくれる、わかる、うまくなる、楽しい」の好循環となる。
しかし所長が他界したため、事務所は解散。
再び転職を余儀なくされ、2008年にさくら構造東京事務所に入所。
2012年には、技術力と人柄を買われて同事務所の所長に昇格。
以来、年間約70棟の構造設計を管理、実行している。
趣味は読書。北方謙三、大沢在昌などハードボイルドが好き。
この仕事で好きなのは「自分の技術が向上することが、人を喜ぶことに直結する」点です。
いつもどんな仕事でも、「良くしたい」「改善したい」と思っていますし、先回りして積極提案するよう心がけています。提案したせいで、自分の仕事が増えてしまうこともありますが、それでもいいと思います。「仕事が増えて大変かなぁ」という気持ちはもちろんありますが、それよりも「提案したことで相手に喜んでもらえるほうが、自分もうれしい」という思いの方が強いです。
構造設計事務所の社員は、常に技術を向上させる必要がありますが、その動機は「上達志向」と「役立ち志向」に分かれるような気がします。
上達志向というのは、「今までできなかったことができるようになった」「人ができないことができるようになった」というように、純粋に自分の能力向上に快感を覚える状態です。日本的に「求道」と呼ぶこともできます。
一方、「役立ち志向」というのは、自分の技術が向上することで、お客様の役に立てること、喜んでもらえること、それが嬉しいからもっとがんばろうと思う方向性のことです。
私はどちらかというと「役立ち思考」の方が強いタイプの技術者かもしれません。構造設計の仕事は、自分の腕を磨けば、それがお客様に喜んでもらえることにダイレクトにつながります。そこがすごく良いです。
いきなり聞かれると答えるのが難しいですが、あえて挙げると「システム建築の基礎部分【だけ】の構造設計を長年やっていること」と「構造泣かせのややこしい形の商業施設の構造計算」の2つでしょうか。
工場や倉庫などをシステム建築で建てる場合、上物の構造計算はシステム建築のメーカーが行い、基礎の構造計算は施工会社が行うという分業体制が取られる場合があります。
さくら構造では、ある施工会社から、この「基礎部分だけの構造計算」を継続受注しています。
最近は、私がその会社の技術顧問となりました。
通常の建物は、家でもビルでもマンションでも「一品一様」の考え方で建築しますが、一方、システム建築は「標準化」を基本理念としており、「建築」というより、むしろ「工業生産」に近い手法です。
構成部材の形状、寸法、さらに設計、製作、施工のプロセスを標準化することで、建築全体をトータルにシステム化、商品化します。工場や倉庫など、機能性とコストを重視する建物でよく使われる手法です。
毎月、定額の顧問料をいただいた上で、その施工会社(A社)に舞い込むシステム建築案件に関し、「基礎部分の構造設計の見積もり支援」をしています。
システム建築は、「建築を標準化(システム化)することで低コストを実現する」という手法なので、メーカーとしては構造設計もなるべく標準化したいと考えています。
しかし部材や工法が標準化されている「上物」の構造設計は、容易に標準化できますが、基礎部分はそうはいきません。というのも、基礎を埋め込む地盤(地面)は、現場ごとに土質も強度もバラバラで、いわば「全く標準化されていない」状態なので、したがって、その構造計算も「標準化」できないからです。
だからこそシステム建築のメーカーは、基礎部分の構造計算には手を出さず、その部分は施行会社に丸投げすることがあるわけですが、しかし、施工会社としても、ややこしい計算のノウハウを持っているわけではないので、それを依頼する頼れる構造設計事務所が外注として必要になります。
その外注会社として、有り難いことにさくら構造 東京事務所に白羽の矢が立ったわけです。
「見積もり支援」とは何をするのかというと、A社が請け負う予定の案件に対し、「その場所その地盤でその規模のシステム建築をやるなら、基礎部分のボリュームはこれぐらいになります」というような情報提供をすることです。
システム建築のメーカーは、上物の構造計算をするときに、「一定条件を満たした基礎部分が既にあること」を前提に計算しています。その「一定条件を満たした基礎部分」を実際に作るのは、施工会社(A社)の役目です。
上物が平屋であることが多いシステム建築の場合、上物が巨大な高層ビルやマンションに比べ、全体に対する基礎部分の工費の割合が、比較的、高くなります。
ということは、私が請け負っている「見積もり支援」は、コストを抑制する上で大きな役割を占めることになります。「支援」というと軽い印象がありますが、実際には施工会社A社がその案件を受注できるかどうかを左右しかねない、重要な仕事です。
「基礎部分【だけ】の構造計算」の困難は、「上物都合に振り回されやすいこと」と「土の中は目に見えないこと」という2点です。
第一の困難、「上物都合に振り回されやすいこと」については、やはり仕事の流れが基本的にシステム建築メーカー主導になるため、「上物都合によるスケジュールや仕様の急な変更が発生しやすい」とはいえるわけです。しかしこれについては、そういうものだと割り切って、淡々と仕事をこなすほかありません。
第二の困難「土の中は目に見えない」についてですが、まず単純な話として、地面の上が目視確認が可能であるのに対し、土の中は目には見えないので、内部のことを知ろうとする場合、地盤調査を行うほかありません。
この地盤調査の「調査計画の提案(さじ加減)」が重要なノウハウです。
地盤調査を行う場合、どこまで調査するか、つまり何メートルまで掘り進めるのかは、現地で決めるのではなく、予め決めることになります。仮に5メートル掘ったところに、地盤強度と工費のバランスを満たす最良の地盤があると仮定すると、最良の地盤調査計画は「5メートル強まで掘る」ということになります。
しかしこの目算を誤って「10メートル強まで掘る」と計画すると、それは、支持層になりうる固い土を無理矢理に掘ることを意味するので、地盤調査の費用も時間も余計にかかることになります。
しかも深さ10メートルの基礎を作るとなると、工費も工期も5メートルの基礎に比べて膨れ上がります。これで見積もりをしたのでは、私のクライアントA社は、工事を受注できない可能性が高くなります。A社の技術顧問である私に求められているのは、強度とコストを両立させる最適の地盤調査方針を提案することです。このとき必要になるのは、「周辺地盤の土質と現地周辺での過去の地盤調査の結果についてデータを集め、それを分析する力」です。
毎回違う現場に対し、周辺地盤の過去データを精査してその都度、最適解を導き出す、これが私の役目です。
非常に正直にいうと、そこまで厳密に最適解にこだわらなくても何とかなるといえなくもないのですが、しかし、やっぱりそういう仕事だと、お客様へのお役立ち度が低く、やりがいがないので、毎回、ベストの提案にこだわっています。
※地盤調査の他にも気をつけるべき点は多くありますが、ここでは最も分かりやすい例を取り上げました
最近、福島県の2階建ての商業施設づくりで、初期の構造計画提案をしました。意匠面では、二階部分で「宙に浮いているようなイメージ」を実現したかったらしく、一階の柱から二階部分が中空に3メートル以上もせり出しているようなデザインでした。
マンションと違い商業施設であり、中空せり出し部分の上を大勢のお客さんが歩くので、それがせり出し部分に荷重をかけます。しかも全体の重量もマンションより重く、なかなか構造泣かせの意匠でした。
とはいえ、意匠デザイナーは良い建物を作ろうと思ってデザインを考えたわけです。ユニークなデザインの建物ができれば、訪れる人々の気持ちも楽しくなるでしょう。それを思うと、じゃあ、いっちょオレが頑張るかという気持ちになれます。
「いきなり決めつけない。視野を広く持つ」ということを心がけています。
打ち合わせのときは、自分を白紙にしてまず相手の意向を聞くことから始めます。仮に「え!?」と思えるような希望が出てきても、それを最初から否定はしない。まず「どうすればできるか」と発想して、なるべくお客様の希望を叶えるよう努めています。
逆に打ち合わせのときにお客さんが、本来はできるはずのことを、できないと勝手に思い込んでいるのに気づいた場合には、『それ、できますよ』と伝えます。それで自分の仕事がちょっとぐらい増えても良いのです。
常に発想を柔軟にして逆提案することを心がけています。たとえば「太い梁が見えて嫌だ」という話になった場合、「逆に梁を見せるようなデザインにしてはどうでしょうか」というように提案してみます。
「自分の得意分野に無理に誘導しないこと」も大事にしています。
自分の方針だけに凝り固まった、悪い意味で頑固な技術者の場合、顧客にどんな意向があろうとも、「ここは、こうするもんなんですよ」と、なるべく自分の得意分野、慣れ親しんだ仕事方法に誘導して、自分がラクをしようとする人がいますが、良くないことだと思います。自分がラクをすることより、建物が良くなることの方が大事です。
見積もりが最安値じゃないのに受注できたときは嬉しいです。自分の付加価値が認められたことが実感できます。
構造設計は誇りの持てる仕事です。「できるようになる」という技術向上の喜びと、お客様に喜ばれる貢献の喜びの両方が味わえます。技術が好き、人の役に立つのはもっと好きという人にはとても向いている仕事だと思います。
これからも、頑張って、人の役に立つ良い仕事を積み重ねていく所存です。みなさま、引き続きよろしくお願いします。