北海道のゼネコン 株式会社エフリード 大瀬戸信也 氏と、さくら構造 代表 田中が、構造設計業界について対談しました。
エフリードは主に札幌で活動している建設会社です。社員数20人、年商60億円。創業2012年。低層(4、5階)壁式構造のマンションに強みがあり、年間40棟~50棟を施工。札幌市内で定評のある建設会社です。
(※ この事例に記述した数字・事実はすべて、事例取材当時に発表されていた事実に基づきます。数字の一部は概数、およその数で記述しています)
(大瀬戸 氏):あるとき札幌で10階建てRC構造、面積約3000m2のマンションを建てる仕事がありました。そのとき、施主から「構造設計は、さくら構造を使ってくれ。ここに頼むと工事費が安く抑えられるから」と言われました。
構造設計の巧拙により工事費が変わることは、以前から知っていました。「ああ、建築のことをよく知っている施主さんだな」と思いました。
(大瀬戸 氏):最初の頃は「構造設計事務所を選ぶ」という発想はありませんでした。すべて意匠設計事務所まかせでした。しかし、ある案件を契機に、構造設計事務所も自分で選ぶようになりました。
10年前のあるマンション案件。構造設計の図面が来たので、それに基づいて工費を見積もったら、どうして!? というくらい、ものすごく高くなった。あまりに高いので、意匠設計事務所に「構造設計をやり直したい。やりなおし費用はこちらが負担する。ここまでの構造設計費用はもちろん払う」と伝えました。
その後、自分たちで構造設計事務所を見つけて、積算し直しました。すると、あっさり安くなった。やり直し費用の負担を含めても、なお安くなりました。
この一件を契機に、「構造設計は意匠設計事務所に任せない。自分で選ぶ」よう方針変更しました。だから札幌の案件で、施主が、さくら構造を指定したきたときは、いったいどれだけ安くなるのか、興味津々でした。
しばらくして、さくら構造から設計図面が来た。それを元に工費を計算したら、予想を超えて、さらに安くなった。もちろん確認申請に合格できる設計内容です。これはすごいな、と驚きました。
(田中):一言でいうと「安易な設計をしているから」です。それに尽きます。
安易な設計とは何か。しばらく前に「姉歯事件」があった。あそこで建築基準法や耐震性への世間の関心が急激に高まった。ではアフター姉歯の時代に、構造設計事務所はどう対応したのか。ほとんどの事務所が、「ベタベタにテンコ盛りに設計して耐震性を確保する」という方法を選びました。
迷ったときにはテンコ盛り。鉄筋も多め、杭も多めで長めにする。そりゃ、そうすれば確認申請は通る。でも施工費はおそろしく高くなります。
(田中):好意的に解釈すればそうなりますが…。
でも、私の目には、そういう仕事は、「玄関にカギを10個取り付けて、防犯性能アップ」とか「車体が重くなったので、エンジンも大出力にしました」みたいに見えます。それ、全然、工夫していない。そんなことしなくても安全に造ることができます。というか、そんな安易な仕事でいいのか、誰のために仕事してるんだ?、という感じです。
(大瀬戸 氏):そういう設計者は、たいてい設計料金は、とても安いです。やっぱり自分の仕事が安易だと自覚があるんですかね。設計料が安いから、注文がたくさん来て、仕事は繁盛してるみたいですよ。
(田中):その設計者の営業戦略は「設計料を安くする。そして大量に注文を受ける」だと思います。でも構造設計事務所ってたいてい1人か2人でしょう。となると、大量に注文が来たら来たで、仕事がさばききれなくなる。
じゃあ、どうするか、さっき言った「テンコ盛りの安易な設計」をますます強化します。そして時短する。安易な設計で、サッサッと計算して納品して、確認申請通ったら、ハイ、次の仕事!みたく、仕事を進めていく・・・。
(田中):その「顧客」とは誰なのか?ってことです。彼らが見ている「顧客」は、自分にお金を払ってくれる人、つまり意匠設計事務所や、建築企画会社の設計部などです。そこしか見ていない。
ここで構造設計料を安くすれば、それら直接の「顧客」には喜ばれるでしょう。安いから。でも、その分、施工費用がハネ上がる、施主が払う金が無駄に大きくなる。でも、それは彼らにとって知ったことではない。だって施主は、彼らの「顧客」ではないから。
でも僕はそういう姿勢は嫌いです。さくら構造の構造設計料は他より高いですよ。でも施工費とトータルで見れば、絶対に安くなります。
(田中):ふつう、そう思いますよね。実際、初めてのお客さんは、毎回、商談でそこを心配します。時には覚え書きを書かされることもある。「もし、さくら構造が、言うほどに工事費が安くならなかったら、その分は、さくら構造が負担すること(損をかぶること)」と。まあ、気持は分かる。発注者も施主さんに安い見積もりだしたら、絶対、その金額で工事しないといけないわけですし。
だから僕は初めてのお客さまには、「いいですよ」といって覚え書きにサインするんです。で、今まで損をかぶったことは1回もないです。常に宣言通りに工費を安くしてきた。
(田中): 「後で排除」ですか…、けっこう難しいと思います。施主に見積もり出した後だと「気づいたときは手遅れ」だと思います。それこそエフリードさんみたいに「やり直し費用もウチが持つから、構造設計やり直させてくれ」ぐらい言わない限りは…。
あの大瀬戸さんに質問なんですが、施工会社が施主に概算見積もりを出すとき、その段階では、構造計算そのものはまだ着手してないわけじゃないですか。じゃあ、何を根拠に工費を積算しているのですか?
(大瀬戸 氏): 「過去の実績、経験」が根拠です。以前、同じ面積、同じ工法の建物を建てたときの費用、つまり過去10数年の経験データベースが頼りです。でも僕らは施工のことは分かっても、構造計算の部分は分からない。そこはブラックボックスです。
(田中):そうなんですか。実は僕たちも究極的には同じなんです。見積もりの根拠は「過去の経験」です。
いまウチは、「新SV工法なら躯体費用が格安になる」と言いまくっている。すると当然、「どのぐらい安くなるんだ。見積もってみろ」と言われる。言われれば当然、概算見積もりを出しますが、でも、その段階では構造計算はやっていない。じゃあ、何を根拠に躯体費用を見積もるのか? それは過去数千件の構造設計のデータベースを参照して、そこから概算します。経験に頼るといってもカンピュータではないです。実績に基づいて積算している。
でもいくら実績に基づくといっても、「実際の計算はまだしてない」わけです。論理的な確信があるわけではない。それに建築は一品一様。過去にその価格でできたからといって、今回もその価格でできる保証はない。
だから毎回、躯体費用の見積もりを出すのはすごいプレッシャーなんです。「吐いた唾、もう飲めない」の状態。でも、今までハズしたことは一度もない。必ず見積り価格を実現してきました。
(田中):僕はないですが、新人社員が、そういうモードになりかけるのは時々みかけます。気づいたら速攻で怒ります。「安易な仕事、してんじゃない」と。
建物は必ず期限までに竣工する必要がある。だから構造設計の仕事は必ず「〆切厳守」になる。だから構造設計者は、疲れているとき、つい仕事を「早く終わらせたく」なる。でも、そうやって「終わらせる」ことに意識が向くと、必ず設計がダブつくんです。つまり杭を一本多くする、鉄筋をを余分にいれる、そういう安易な方法で耐震性を確保したくなる。
でも、僕はそういうのはキライです。部下がそういう仕事をしていたら、必ずやり直しさせます。
(田中):理由は2つ。
一つは「構造設計者の価値を下げたくない」という思いです。安易な仕事をして自分で自分の仕事価値を下げるのは自滅です。私は構造設計者の仕事の価値が高いと思っているし、それを世の人たちに知ってほしいと思っています。だから、自分たちは常に勉強し研究する。そして、すごい設計をして、価値を感じてもらって、堂々とお金をもらいたい。
もう一つは「高耐震化の普及」です。
建築工事を依頼する施主には必ず予算があります。予算のない建築工事など存在しません。
構造設計者が「高耐震」という理想を追い求めても、結局必ず「予算の壁」にぶつかります。
発注者に高耐震の提案をしても「田中さんの言うことはわかるんだけど、予算がないんだよ」
って言われたら、もうどうしょうもないですよね・・・。
でも、そこで諦めたら終わりなんで、あきらめたくない。だから、決断するしかなかった。
「じゃあ構造躯体最適化設計で予算を作ればいいんですね!」って、もうなんか怒りと絶対あきらめないという気合いですね。
自分が構造躯体最適化設計の研究を始めたときには情報がほとんどなくて、でも高耐震の情報って結構あるんです。文献や論文も結構あるんですが、構造躯体最適化設計はそれにくらべめちゃくちゃ少なくて、もう自分でやるしかないなという感じです。
そこから、工事予算の壁を壊すため、構造躯体最適化設計の研究をもう5年くらいやってます。中途半端な研究でなくて、私の直下に全く売上をあげない優秀なエンジニアチームを作りました。毎年人件費含め研究費が数千万円かかります。
そして、すこしづづこの取り組みが成果を出し始めました。その一つが壁式構造(WRC造)です。壁式構造は極めて高耐震の建築ですが、木造に比べるとまだコストが高くなりやすいので、鉄筋コンクリートの建物でありながら、コストを抑え、高耐震の良さを犠牲にしない工法を開発することにしたんです。
また、一般の設計のときでも、構造躯体最適化設計でコストを抑え、予算に余裕を作り出して、その余った予算で高耐震化を理解してもらって設計できるようになってきました。建築基準法満たすだけではなく、それ以上を常に模索する努力の結果です。
一部の富裕層建築や、税金が投入される特殊建築物など工事予算がある時だけの高耐震では日本全体には広まりません。高耐震を普及させる広めるためには「予算の壁」を超える必要がある。だから私たちは構造躯体最適化設計に真剣にとりくんでいます。
(大瀬戸 氏):さくら構造には、今度、壁式構造8F建ての設計を依頼するんです。
(田中):みんなそう思い込んでますよね。「壁式構造は5Fまで」って。エフリードさんも最初はRCラーメン構造で考えてたみたいです。
でも耐震性の点ではRCラーメン構造より、壁式構造の方が絶対、優れています。いまだかつて、どんな大地震であっても、壁式構造の建物が倒壊した例は一度もありませんから。
「壁式構造は5Fまで」という業界慣例に根拠はないんです。だって建築学会は「壁式構造は8Fまで大丈夫」という基準書を出してますから。それも10年以上も前に。
じゃあ、なぜ誰も8階建ての壁式構造をやらないのか? 理由は「構造設計業界の怠慢」です。今までと違うこと、新しいことはやりたくない。手間が増えるから。
さくら構造は、6階、7階、8階の壁式構造の案件は大量にてがけています。すでに壁式8階だけで20棟やりました。日本全国で見ても、相当に多い方だと思います。
だからエフリードさんにも、RCじゃなく、壁式構造で作りましょう!と提案しました。
(大瀬戸 氏): 田中さんの話は説得力があったので、受け入れました。今度のビルは壁式構造で建てます。田中さんはいつもエネルギッシュです。私も刺激になります。これからも一緒に良い仕事をしていきましょう。
(田中):はい、こちらこそよろしくお願いします。業界を変えましょう!
取材日 2021.4
さくら構造(株)は、
構造技術者在籍数日本国内TOP3を誇り、
超高層、免制震技術を保有する全国対応可能な
数少ない構造設計事務所である。
構造実績はすでに5000案件を超え、
近年「耐震性」と「経済性」を両立させた
構造躯体最適化SVシステム工法を続々と開発し、
ゼロコスト高耐震建築の普及に取り組んでいる。