阪神・淡路大震災では、震度7の地域で大破や倒壊する建物がある中、壁式構造は、大破や倒壊どころか開口部に幅5mmのひび割れが発生した程度の損傷が2棟あっただけで済んでいます。上の写真は東日本大震災で震度7を計測した陸前高田の被災写真です。壁式構造の建物が1つだけ残っています。
このように、他の過去の大震災からも実質耐震性が極めて高い構造形式であることは、私たち構造設計者には半ば常識となっております。
壁式構造は、その他にも柱型や梁型が居室空間に出てこない広々とした空間や高い耐久性・耐火性・気密性・遮音性、そしてローコストがメリットとして挙げられます。それらのメリットはそのままで、更にコストの追求と施工性、耐久性を向上させた『スマートウォール工法』をご紹介します。
※1 コンクリート性能、外壁の工法については、地域性やご希望の仕様に合わせて変更する事が可能です。
スマートウォール工法 | 一般的なWRC造 | 一般的なRCラーメン造 | |
---|---|---|---|
耐久性 | ◎ | △ | ○ |
耐震性 | ○ | ◎ | △ |
コスト | ◎ | ○ | △ |
施工性 | ◎ | ○ | △ |
プランの自由度 | △ | △ | ◎ |
壁式構造は、通常のRCラーメン構造より躯体費が安価となりますが、スマートウォール工法は壁配筋がシングル配筋となるため、ダブル配筋に比べ鋼材料と配筋工事の手間が1/2となり更にローコストに繋げることができます。
鉄筋の密度が少なくコンクリートのまわりが良くなります(施工性が良い)。そのため打設時の空隙が少なくジャンカと呼ばれる耐久性上有害な施工不良の発生が少なくなります。
壁式構造は、壁で建物構造を支えており「壁の多さ=耐震性の高さ」となるため、建築基準法で定められた必要壁量以上となるように壁を配置しなくてはなりません。窓やドアなどの開口部の場所や数、大きさも制限されるため、壁式構造のデメリットとして「プランの自由度の低さ」が挙げられます。
しかし、スマートウォール工法に限らず、壁式構造のデメリットは意匠設計者と構造設計者が協力することである程度克服することが可能です。
弊社が実際に建てた実大実験棟「カンティーナ」は初期から構造設計者が計画に携わり、スマートウォール工法だけでなく、スペースウォール工法も併用する構造計画としました。その結果、壁式構造では採用することが難しい要素を多く取り入れた、より自由度の高い、開放感のあるプランニングを実現しています。
▲ スマートウォール工法とスペースウォール工法を複合的に計画した
実大実験棟『 カンティーナ 』
カンティーナを作ったときはファサードデザインをガラスカーテンウォールにしているせいで、建築関係者から「ラーメン構造でしょ?」と毎回言われ「壁式構造ですよ」というと、みなさん驚かれます。
銀行さんからは「これ3階建てですよね?融資申請では4階建てなんですが?」と当初と違う建物を建てていると心配されました・・・。カンティーナは手前だけ3層で階高を高くし奥側はスキップフロアにして4層にしており間違いなく4階建てです。
またスキップフロアだけでなく、内装工事でロフトも設置しています。プランの制約が多いといわれる壁式構造でありながら、初期計画段階から構造設計者と意匠設計者が協力し、スマートウォール工法とスペースウォール工法の両方の特徴を生かした構造計画をすることで、建築業者も驚く、自由なプランニングと大空間の確保を実現しています。
1968年に5階建て壁式構造アパートの実大実験の論文1)が発表されています。この論文を基にスマートウォール工法の耐震性能の検証を行いました。
参考文献
1) 松島豊 実大5階建壁式RC造アパートの実験的研究、昭和43年度建築研究所年報 1968.11
層数 :5 層
壁厚 : 全階15cm
壁量(長手方向) : 12cm/㎡
反力機構および20連連動油圧ジャッキ(最大能力1000t)を用い、試験体の破壊まで行う水平加力実験です。
最大荷重 760kN ✕ 5 = 3800kN
基礎部分を除いた建物総重量 3100kN
1階の地震層せん断力係数 3800 / 3100 ≒ 1.2
建物重量の1.2倍の力で加力
建物重量の1.2倍の力で加力した際、建物は部分的に破壊したものの、倒壊までには至らなかったため、この時点の水平力を本建物の保有水平耐力とし、保有水平耐力の余裕度を算出しました。
Ds:0.55、Fes:1.0とすると
必要保有水平耐力
Qun = 0.5 ✕ 3100kN = 1705kN
保有水平耐力
Qu = 3800kN
Qu/Qun 3800kN / 1705kN = 2.2
保有水平耐力の余裕度 2.2倍
『実大5階建壁式RC造アパートの実験的研究』によると、壁厚15cmの壁式構造であっても保有水平耐力の余裕度が2.2倍程度あり、高い耐震性能を有していることがわかりました。
ルート1の壁量(地震時重量に対する壁断面積)というのは『建物が保有している耐力』と同じ意味です。弊社ではスマートウォール工法の最低壁量をルート1の壁量の1.5倍程度(耐震等級3相当)となるように規定しています。
通常ダブル配筋では30mmのかぶり厚さですが、シングル配筋とすることで主要部分のかぶり厚さが60mm 確保できることから、「建築工事標準仕様書・同解説 JASS5 鉄筋コンクリート工事」を参照し耐用年数を算出した結果、耐久性が大幅に向上することに期待できることがわかりました。
構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性(引き渡し後10年以内)
レベル | 不具合事象 | 瑕疵の可能性 |
---|---|---|
1 | 下記のレベル2およびレベル3に該当しないひび割れ | 低い |
2 | 幅0.3mm以上0.5mm未満のひび割れ(レベル3に該当するものを除く) | 一定程度存在する |
3 | ①幅0.5mm以上のひび割れ ②さび汁を伴うひび割れ |
高い |
ある程度のひび割れは許容していますが、建物に悪影響を及ぼさないレベルになるよう設計・施工で制御しなくてはなりません。
1. ひび割れそのものを減らす対策
◆ 骨材での対策(実大実験棟カンティーナで採用)
近年のひび割れの研究では、骨材の乾燥収縮率がコンクリートの収縮ひび割れに対して非常に大きな割合を占める事が分かってきました。「日本の骨材資源」によると、日本の骨材は安山岩と砂岩が主原料となっていると言われていますが、乾燥収縮率が小さくなるのは石灰岩砕石の骨材を使用した場合だと言われています。
ただし、同じ石灰岩でも採掘地によって品質の差が大きく、乾燥収縮率は400~800μと広く分布しており、推定は難しいため現在弊社では、各地の生コン工場に問い合わせ、石灰岩を使ったコンクリートの乾燥収縮率データを調査し全国マップを作成しています。詳しくは営業窓口へお問い合わせください。なお、地域によっては石灰岩を指定することによって、コンクリートの単価が上がる場合もあります。
石灰岩と安山岩の乾燥収縮率比較
◆ 基礎梁と壁の鉄筋量の差を小さくする
1階壁と基礎梁の収縮ひずみの違いは、壁と基礎梁の厚みや鉄筋量に極端な差が生じることが影響していますので、この差を小さくすれば改善することになります。つまり基礎梁の応力が小さくなるような構造計画を行い、壁と基礎梁の鉄筋量の差を小さくして、ひび割れを減少させるという考えです。具体的には杭基礎の場合だと壁直下にできるだけ杭(支点)を配置する、長い壁の両端に杭を配置する等が考えられます。独立基礎の場合も同様です。逆にいうとW18以上のダブル配筋を採用したとしても、極端に地中梁が大きく配筋が多い場合には、同じようにひび割れしやすい現象が発生する事になります。1階の外壁だけでもW18以上のダブル配筋を採用する考えもあります。
2. ひび割れを目立たせなくする対策
◆ ひび割れ誘発目地を採用し、位置のコントロールを行う
長い無開口の壁はひび割れが生じやすい部分となります。仕様として誘発目地を設けひび割れ位置をコントロールすることはクレームリスクを減らす意味でも効果的と思います。断面欠損率は少なくとも20%以上確保するのが望ましく、壁厚180mmなら外部打増し25mm、内部打増し20mmの全壁厚225mmの20%となり、目地深さの総和は45mmとなります。実務上、断面欠損率20%を確保することは容易ではないため、目地深さ不足を妥協してしまうことが多いのが現実です。つまり、同じ目地深さであれば壁厚が薄い方がひび割れ発生位置をコントロールしやすいということです。
◆ 美観上問題になりやすい部分は仕上げでカバーする
例えば、美観上問題になりやすい内壁はボードでカバーし、外壁は伸縮性のある塗料で仕上げするなどの対策でクレームリスクを減らす方法もあります。この方法で100棟以上設計していますが、クレームは一度もきていません。
参考文献
スマートウォール工法による、ひび割れへの影響は適切な配慮をすれば、通常の壁式構造と大きくは変わらない程度コントロールできると、さくら構造では判断しました。
また、『 1.ひび割れそのもの減らす』『 2.ひび割れを目立たせなくする』『 3.ひび割れ幅を小さくする』の3つの制御方法をご紹介しましたが、コストをかけるなら1⇒2⇒3の優先順位で対策をとることをさくら構造ではお勧めしています。
コストをかければ、ひび割れを減らすことができますが、コストを削減しつつ、ひび割れの制御も行う設計はジレンマが生じます。最適化設計を行う時ほどひび割れへの配慮が必要だと考えています。
理論的に説明しても、スマートウォール工法の実績がなければ、採用するのに不安な方がいると思い、実際に札幌本社の隣に4階建て、壁厚150mm、シングル配筋の実大実験棟カンティーナを建てました。
構造種別 | 壁式構造 (スマートウォール工法とスペースウォール工法の併用) |
---|---|
層数 | 4層 |
延床面積 | 496㎡ |
用途 | レンタルキッチン&オフィス |
建設地 | 北海道 |
壁厚(壁配筋) | 壁厚150mm(D10@250シングル配筋)を標準とし一部のみ壁厚を上げている。 |
骨材 | 石灰石(乾燥収縮量600μ)を採用(詳細は上記「ひび割れを制御するために」参照)※骨材を指定しない場合は安山岩(乾燥収縮量900μ)となる |
その他 | 外断熱工法を採用し内壁はすべて打放し仕上げとして、ひび割れ観察が可能な配慮を行った。 |
上棟時(2018/11)から2020/10時点までひび割れは壁梁と壁に数本見つかっていますが、現状構造的に深刻な悪影響を与えるひび割れは一つも発生していません。下図は建物全体のひび割れの中で、一番大きく発生したひび割れ写真です。このような、長い無開口の壁はひび割れが生じやすい部分となります。他にひび割れが生じやすい部分として開口際が挙げられますが、ここにはひび割れがほぼ発生しておらず、骨材に石灰石を採用した効果が得られたのだと考えられます。
また、カンティーナを見学したお客様から建物全体のひび割れが少ないとのお言葉を頂きました。なお、この写真とは別のフレームに一部誘発目地を開口際に設けましたが、現状は周辺の壁にはひび割れが全くでておりませんでした。引き続き観察を継続する予定です。
壁式構造は6面体として地震や台風などの外力を受け止める強度に優れた構造です。過去の大震災において壁式構造が倒壊はもちろん大きな被害を受けた例はありません。高い耐震性を持っている壁式構造ですが、木造に比べると建築コストが多少高めになることが普及の障害になってきました。
私たちは、もう少しだけコストを下げることができれば耐震性の高い壁式構造を普及させることができると考えスマートウォール工法を開発しました。壁厚が薄く配筋も少ないため従来よりも経済的で、耐震性が高い壁式構造の良さを活かしつつ施工性や耐久性を向上させることに成功しました。一つでも多くの高耐震建物を地震国日本に普及させることを私たちは目指しています。
ご興味ある方は、ぜひ札幌までカンティーナを見に来てください。
札幌に中々行けないよ、という方はこちらの動画を御覧ください。
【さくら構造株式会社】
事業内容:構造設計・耐震診断・免震・制振・
地震応答解析・
構造躯体最適化SVシステム・
構造コンサルティング
●札幌本社所在地: | 〒001-0033 札幌市北区北33条西2丁目1-7 SAKURA-N33 3F TEL:011-214-1651 FAX:011-214-1652 |
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●東京事務所所在地: | 〒110-0015 東京都台東区東上野2丁目1-13 東上野センタービル 9F TEL:03-5875-1616 FAX:03-6803-0510 |
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●大阪事務所所在地: | 〒541-0044 大阪府大阪市中央区伏見町2丁目1-1 三井住友銀行高麗橋ビル 9F TEL:06-6125-5412 FAX:06-6125-5413 |
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さくら構造(株)は、
構造技術者在籍数日本国内TOP3を誇り、
超高層、免制震技術を保有する全国対応可能な
数少ない構造設計事務所である。
構造実績はすでに5000案件を超え、
近年「耐震性」と「経済性」を両立させた
構造躯体最適化SVシステム工法を続々と開発し、
ゼロコスト高耐震建築の普及に取り組んでいる。